playmobilの生みの親「Hans Beck」さん

mobipapa

この方が僕らがプレイモービルの創造主、神様というか、そうパパです。
モビのパパさんHans Beck さんです。ほんと優しそうな方ですね。
この方が今、3インチ弱、子供の想像力をかき立て、我々大人の心までも掴んで
はなさないカワイイ人形「playmobil」の生みの親です。
モビの開発者として、彼のオモチャ作りのキャリアは自分の兄弟達に造りはじめたのが始まりだそうです。
彼の御両親は彼が若い時に離婚し、父母それぞれが再婚したためあっという間に八人の義兄弟や姉妹ができたそ
うです。「10歳の時、彼等にオモチャを造りはじめた。」とパパさんは言ってます。小さな車やトラック、
人形、その家具などを造ったと、でもオモチャのデザイナ-になる夢はなかったそうです。
当時ドイツのZirndorfで生活してた頃にはその様な職業なまだなかったそうです。
 10代の頃、第二次世界大戦も終わり、彼は家具職人として仕込まれました。また、彼は飛行機の模型を造りは
じめ、会社のためにも模型を造ろうとしました。しかし、会社のオーナーは飛行機ではなく子供のためのフィギ
ャーを造るよう言ったそうです。1971年の事です市場を調べまわったそうです。彼が調べた時その市場の多
くは1800年代から変わらず鈴でできた兵士だけだでした。それらは、まがったり、動いたりする事はなく、
また子供達が生み出したかった冒険スト-リ-トとはかけ離れていたそうです。

Beckさんが造り出したフィギャーは3インチたらずでしたがそれらは子供達の手に良くなじみ、頭や腕、
手足を動かせるもので、その顔は優しい笑顔でした。

 彼はこのフィギャ-のテストを望んでいたので、子供がくる度に何も言わずにこのフィギャ-を
与えると子供達はすぐに受け入れ、簡単な物語を作り出し飽きる事なく遊んでいたそうです。

実際の商品として「playmobil」が市場に出回り子供達に遊ばれだしたのは1973ー74年の石油危機の時。
プラスチックは油より作られるものなので原材料の高騰によりベックさんの会社はより意味あるものを作る
という観点からビーチバケツよりも価値のある物つまり「playmobil」の生産を始めたそうです。
はじめ問屋さん達はモビについて批判的だった様です、なぜならどのように遊ぶものか不明確だったからです。
しかし、オランダのある会社が一年分の販売権を買い取ってくれた事によってモビの歴史がはじまりました。

 中世のモビので「クマの曲芸」や「ハンティング」のセットを作ったがイギリスでは批判されたそうです。
歴史的に忠実に作るようにしているが”Politically Correct”(差別表現)には特に気を使っている様です。
 昔はパン屋さんに対して「パンが大きすぎても,小さすぎてもダメ」という条例がありそれを破ると水攻めの
拷問があったようでこの場面のモビや又、19世紀の中国の鉄道整備労働者のモビのセットなども作ったようです。
が販売はされなかった様です。このように史実にそった商品を考えながらも歴史的に問題がある情景や差別につ
ながるような場面を持つようなモビは作らないようにしているとの事です。

*The Christian Science Monitor Oct .7.97 より抜粋、、訳は正確とは限りませんのでご了承ください。*

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